留学便り

海外留学

升田博隆(平成9年卒)

The Ritchie Centre, Monash Institute of Medical Research,
Monash University, Obstetrics and Gynaecology

現在、私はオーストラリア・メルボルンにあるMonash大学の研究所Monash Institute of Medical Researchに研究留学をしております。丸山哲夫先生のご紹介により、子宮内膜幹細胞の第一人者であるDr. Caroline Gargettの研究室にてPostdoctoral fellowとして子宮内膜幹細胞の研究に従事しています。

メルボルンにはなじみのない方が多いと思いますが、人口は400万人でオーストラリア最大の貿易港がある第2の都市であると共に、別名「Garden city」と呼ばれるほど緑豊かな都市です。英誌『Economist』による「the most liveable city(世界の住みやすい都市ランキング)」では常に上位にランクされ、2011年は約10年間1位を維持してきたカナダのバンクーバーを抜いてついに1位になりました。(ちなみにアジアTOPの大阪が12位で東京は18位でした。)最大の理由は「人口密度が低く相対的に犯罪発生率の低い」だそうです。銃の取り締まりは日本のように厳しく、諸外国のように治安の悪さを日々感じることはありません。メルボルンは南緯37度48分に位置し北緯に直すと福島市に相当しますが、冬でも最低気温は1~2℃で雪が降ることはありません。基本的に年間を通して乾燥していますが、冬は雨が多くその分実際の気温より寒く感じます。夏は気温が40℃前半まで上昇することがあり、我々も43℃を経験しましたが屋外に出るとオーブンの中にいるようです。そんな日は特に乾燥しているため火事への配慮から、屋外での一切の火の使用が禁止されます。さらに夏は常に水不足であり、庭の水やりや洗車の規制があったり、1日平均水道使用量が多いと値段設定が高くなったりします。他にも気候に関しては特記すべきことが多く、日本と同様に(南半球のため季節は全て逆転していますが)1年の中に四季がありますが、1日の中にも四季があるといわれており、1日の最高気温と最低気温の差が20度ということもあります。また、紫外線量の多さは冬でも容易に日焼けするほどで、小学校では帽子と日焼け対策は必須であり夏は帽子を忘れると外で遊べません。サングラスは通年必要です。メルボルン郊外には、グレートオーシャンロードやフィリップ島そして数多くのワイナリーなど観光地も多いのですが、2008年に日本からの直行便がなくなった後、日本人旅行者激減はもちろんのこと企業の撤退等もあり日本人人口は減少したようで、市内を歩いていても日本人と出会うことはあまりありません。基本的には日本人にとっても住みやすい都市なのですが、最大の欠点は物価の高さです。未だにペットボトル1本の水に$3.5(約300円)を払うのには躊躇してしまいます。

研究所は、メルボルンの中心部から車で45分ほどの郊外にあるMonash Medical Centreの一角に、独立した建物として1991年に設立されています。臨床医とのコラボレーションをしやすい恵まれた立地環境であり、学生も含めた全職員で450人ほどの研究所ですが、名称通り臨床に密接した研究が多く行われています。驚くことに、ほとんどのトランスレーショナルリサーチはPhD主導で行われています。もう一つ驚かされたことは、研究所を見渡すと女性の研究者・PhD学生が圧倒的に多く、私の所属する約65人のCentreの中でも男性は約2割です。私が来た当初は研究所に日本人は私一人だけでした。Gargett研究室では初めての外人Postdocであり、色々な意味でかなりの戸惑いを引き起こしたと思われます。おそらくGargett先生も不安だったでしょう。しかし、時間が経つにつれ私の語学力があがったのではないかと勘違いするほど、私の日本語英語に周りが慣れてきてくれました。それでも、おしゃべりが大好きなオーストラリア人女性の中では寡黙な日本人を装い黙々と研究をするしかないわけで、必然的に日本人の勤勉さはアピールできたのではないかと思います。研究所から10分ほど歩くと、北海道大学を髣髴させるような広大なMonash大学のメインキャンパスがあり大学生達で活気に満ちていますが、郊外であるため土地柄はのんびりしており、15分ほど車で走るとカンガルーにも出会えます。

このような環境で臨床から離れ研究に専念しあっという間に月日が経ち、既に帰国が見えてきました。今後どのようにこの経験を還元していくか、よく考えそして実行していきたいと思います。

最後に、この産婦人科医師不足の中、留学をさせて下さった吉村泰典教授、青木大輔教授をはじめとした先輩そして同期、後輩の先生方に感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。

2012年3月