婦人科腫瘍研究室 遺伝子制御部門

代表:
阪埜 浩司 准教授(Kouji Banno, M.D. Ph.D.)
部門:
遺伝子制御部門
遺伝子制御部門
2019年度 指導スタッフ一同

1.子宮内膜癌に対するエピゲノム研究

我々はこれまでに子宮内膜細胞診検体を用いたメチル化特異的PCR法(MSP解析)を用いて、DNAミスマッチ修復遺伝子(MMR遺伝子)の中でもhMLH1遺伝子の異常メチル化が高率に、かつ癌化の早期である異型内膜増殖症の段階から生じており、子宮内膜癌の発癌にgeneticな異常だけではなくDNAの異常メチル化といったepigeneticな変化(epimutation)が重要なイベントであることを見出しました。さらに若年子宮内膜癌患者の末梢血由来DNAのMMR遺伝子についてMSP解析を行い、MMR遺伝子のepimutationが発癌に関与する可能性を明らかにしました。現在は、新たに登場した次世代シークエンサーを用いた全ゲノムバイサルファイトシークエンスを用いて、子宮内膜癌の発癌機構の解明によるリスク診断への可能性を検討するとともに、子宮内膜癌に対するDNAメチル化制御による新たなエピゲノム治療薬の可能性とその標的分子の探索を行っています。

子宮内膜癌に対するエピゲノム研究

(図)epimutationによる発がん機序と、子宮内膜細胞診検体における各種遺伝子の異常メチル化の頻度

2.遺伝性婦人科腫瘍に対する研究

我々はこれまでに家族性腫瘍としての子宮体癌の実態および臨床病理学的特徴について調査を行い、当院で治療を行った子宮体癌の約0.5%にリンチ症候群が存在していることを明らかにしてきました。また子宮体癌の発生部位とリンチ症候群との関連性、子宮体癌と卵巣癌の重複癌とリンチ症候群との関連性などについての報告を行っており、家族性子宮体癌の早期発見や早期治療を目指して精度の高い臨床診断基準やサーベイランス法についての検討を行っています。加えて、リンチ症候群における卵巣癌についても報告を行っており、臨床診断基準の検討、病理学的特徴の解明を目指し研究を行っています。なお当研究室では日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医、家族性腫瘍専門医の取得も目指します。

遺伝性婦人科腫瘍に対する研究

(左図)MSH6変異を有するリンチ症候群症例におけるLUS(lower uterine segment)体癌
(左図)重複癌(子宮体癌、卵巣癌)におけるMMRタンパクの発現

3.婦人科腫瘍に対するドラッグリポジショニング研究

新規創薬にあたっては従来からの開発手法では限界があり、近年では既存薬を薬理機序に基づいて新しい疾患に用いる、いわゆるドラッグリポジショニングが注目されています。我々は脂質異常症治療薬スタチンに着目し、動物レベルで副作用を認めることなく卵巣癌の発生や進行を抑制することを明らかとしました。また、その効果はアポトーシスやオートファジーといったプログラム細胞死が関与しており、スタチンが抑制するメバロン酸合成経路の下流から枝分かれする部位が作用経路であることも見出しました。また、糖尿病治療薬メトフォルミンに注目し、第四世代黄体ホルモン剤との併用で、単剤では効果のない低濃度で子宮体癌細胞の増殖を抑制することも明らかとしています。今後はこれらの成果を実際の臨床現場に還元することを目指して、臨床試験を見据えて基礎的研究をさらに進めていきます。

婦人科腫瘍に対するドラッグリポジショニング研究

A: 生後3週から8週までスタチンを連日投与されたmogp-TAgマウスの卵管組織。スタチン製剤を投与しないマウスでは青矢印で示したような漿液性卵管上皮内癌(STIC)を認めるが、スタチン製剤を投与したマウスでは明らかな病変を認めない。

B: ヒト卵巣癌細胞(左; SKOV3-IP、右; OVCAR5)を移植したマウスで形成された腫瘍の大きさの比較。青線で示されたスタチン製剤を投与しないマウスと比較して、赤線で示されたスタチン製剤を投与したマウスでは腫瘍の進行が抑制されている。

4.子宮性不妊症に対する妊孕性再建を目指した子宮移植研究

近年、生殖補助医療の技術が発達し、生殖補助医療技術を用いた妊娠、出産は増加しています。その一方で、子宮腫瘍や分娩後出血などで子宮摘出を余議なくされたり、先天的に子宮や腟を欠損するロキタンスキー症候群のような子宮性不妊女性にとって挙児は不可能であるのが現状です。我々は、近年の生殖補助医療技術、臓器移植技術、血管吻合技術、組織保存技術の発展に着目し、これらの技術を統合することで、「子宮移植」による妊孕性再建という新たな生殖補助医療技術の可能性を探るべく研究を行っています。世界でも子宮移植研究は進められ、子宮移植後の出産も報告されております。我々の研究グループは霊長類動物において子宮自家移植後の出産、子宮同種移植後の妊娠を世界で初めて報告しました。しかしながら、基礎研究だけでなく、倫理面における課題も多く残されており、社会との対話を重ねながら研究を進めています。現在、慶應義塾病院での診療科横断的な子宮移植ワーキンググループを設立し、国内初の臨床研究実施に向けた準備を進めています。

子宮性不妊症に対する妊孕性再建を目指した子宮移植研究

5.子宮性不妊症に対する、子宮再生医療による妊孕性回復研究

生殖補助医療技術の発達により、多くの不妊症患者様が挙児を得ることが可能となっています。しかし、先天的、後天的に子宮が欠損している、子宮に高度な機能障害がある子宮性不妊症に対しては、未だ挙児を得るための解決策がありません。近年、子宮移植がその解決策の一つとして研究されていますが、その臨床応用には多くの課題があります。我々は臓器再生医療による子宮再生が、子宮性不妊症の根本的な解決策となる可能性があると考えています。再生医療は現在多くの分野で研究が進められ、3Dバイオプリンターという、細胞を積み上げて任意の構造体を作る新しい技術も開発されています。我々は子宮再生の第一歩として、欠損創を作成した子宮に、多分化能を持つ間葉系幹細胞を3Dバイオプリンターで積み上げた構造体を移植し、子宮の再生に移植片がどのように寄与するかを検討します。

子宮性不妊症に対する、子宮再生医療による妊孕性回復研究

6.婦人科骨盤内膿瘍に対するMR Spectroscopyの臨床的有用性の研究

婦人科骨盤内感染症の治療は、膿瘍の穿刺ドレナージ、抗菌薬投与を原則としますが、体の深部にあるため、穿刺の必要性の判断は慎重を要します。これまで、膿瘍が疑われる例では、CTやMRIなどの画像検査を施行していましたが、Magnetic resonance spectroscopy (MRS)という撮像方法で追加情報を得ることで、穿刺することなく、原因菌の推定ができる可能性があります。MRSとは核磁気共鳴現象を利用したもので、共鳴信号のピークパターンを解析することで、特定の領域内において特定の物質の有無を推定できます。我々は、当院放射線科と協力し、骨盤内感染において、MRSと培養の結果を照会することで、その精度を測るとともに、臨床経過を比べることで、撮像によって治療に対する判断に有益な情報が得られるかの検証を行っています。

婦人科骨盤内膿瘍に対するMR Spectroscopyの臨床的有用性の研究

左:子宮頸癌術後症例の骨盤MRI。リンパ嚢胞が骨盤壁と直腸に囲まれている。
右:実際に膿瘍から取得されたMRS信号。5ppm(中央)のピークは水の存在を表す。2ppm付近のピークから、酢酸の存在が推定される。

7.新しい予防医療の構築を見据えたメタボローム解析研究

近年、ゲノムやメタボロームなどのオミックス解析の疫学研究への応用が急速に発展し、がんや生活習慣病をはじめとする様々な疾患の発症機序やバイオマーカーの解明が盛んに行われるようになってきました。メタボロームすなわち代謝物質は、遺伝子産物であるタンパク質によって合成・分解され、結合・運搬されますが、ヒトが曝されている薬物や環境化学物質、食物からも影響を受け、常に変化します。その動的な変化を包括的に解析するメタボローム研究を、1万人規模の疫学調査とゲノム解析を組み合わせた「鶴岡メタボロームコホート研究」という世界でも数少ない最先端の研究を、2012年度より慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室が主導で実施しています。我々は、女性の健康の包括的支援の専門家として、女性における予防医学研究という切り口から本研究に携わっています。具体的には、日本人の閉経後女性におけるメタボリック症候群と、メタボロームの一種であるアミノ酸の代謝との関連を初めて探索し、閉経後にメタボリック症候群に罹患する女性は、そうでない女性に比べ血漿中の分枝鎖アミノ酸やその代謝産物、TCA回路の関連代謝物が有意に増加していることを報告しました(Menopause, 2016)。閉経後にメタボリック症候群に罹患する背景に、これらのアミノ酸代謝に変化が生じている可能性が示唆されました。今後も研究を重ね、様々な疾患の発症機序や新しいバイオマーカーを探索し、女性特有の新しい予防医療の構築を目指していきたいと考えています。

新しい予防医療の構築を見据えたメタボローム解析研究

(図)78種の血漿代謝物すべてを用いたPLS-DAモデルによる判別分析結果。
閉経後女性のMetabolic syndrome(MetS)群(赤)とnon-MetS群(緑)では、血漿メタボロームに一定の差異があることが示された。

8.子宮体癌の早期発見・局在診断を目指した子宮鏡下光線力学的診断研究

近年、アミノレブリン酸塩酸塩(5-aminolevurinic acid: 5ALA)という薬を用いた光線力学的診断法(Photodynamic diagnosis: PDD)が、癌の早期発見・局在診断に用いられています。PDDは、5ALAの「癌細胞に蓄積する」「特殊な光を当てると蛍光を発する」という2つ特徴を利用し、癌を診断する技術です。一例としては、膀胱癌に対する5ALA-PDDは、診断感度を上昇させ、膀胱癌の再発率を下げることが既に報告されています。我々はこの手法を子宮鏡に応用し、子宮体癌に対する5ALA-PDDの診断感度、特異度を検証する臨床研究を行っています。5ALA-PDDが子宮体癌の早期発見・局在診断に寄与するようであれば、早期子宮体癌に対する妊孕性温存治療の一助として、その治癒率と治療後の妊娠率を向上させることができる可能性があるのではないかと考えています。

子宮体癌の早期発見・局在診断を目指した子宮鏡下光線力学的診断研究

5-ALAは天然アミノ酸の1種である。8つの5-ALAからプロトポルフィリンIXという物質が作られる。プロトポルフィリンIXは「癌細胞に蓄積する」「励起光を当てると蛍光を発する」という特徴があり、これを利用した光線力学的診断法(Photodynamic diagnosis: PDD)に用いられる。

我々は5-ALAを用いたPDDを子宮鏡下に行い、同法が子宮体癌診断に寄与するかを検討する。